在ることについて

アタマの中にある事柄を吐き出すために書き留めるためのブログ

掛け違えたボタン

さて、設計図どおりに進んでいるのかと言えば、その設計図の中で重要な役割を果たす部分が欠損していることに気付いた(いや、欠損した時点で気付いたんやけど、大きな問題ではないと思っていた)。

それがボタンの掛け違えとなり、今に修正しなきゃとなっている。
 
だが、ボタンの掛け違えを直さずに(直すことも念頭に入れ)別の設計図を組み立てていくことをしていこうとすればいいが、全てをボタンの掛け違えのせいにしようとしている…それを他人が見ると、掛け違えた真意を見透かして見る人がいるわけで、そこが辛い。
 
でも、掛け違えたなりに、進む方向を見定めてやるしか今はないのだろうな。
 
それがわかっているからこそ、もっと辛くなるのだ