互いに受け入れあうこと
自分が大切に持っていることの価値観や思想など、色んなこと。
生まれてきたときは白紙の状態だったのに社会が広がるにつれ、様々なことから影響を受け、自分と言う人間を作り出している。
価値観や思想などの違いを互いに受け入れられないことが、原因になっていることがある。
田舎から人が出て行き、人が田舎に来ない(住まない)もしくは来て(住んでいても)も出て行く要因は、田舎に来た(住もうとした)人が田舎に受け入れられないからだろう。
田舎に住んでいる人たちは、自分たちの価値観や思想などを、来た人へ強要しようとする。
そして、自分たちの価値観や思想などと相反する人たちを、排他しようとする。
都会の中でも大きくなればなるほど、様々な人が住んでいるため、そこに固執することはなく、ただ関心を持たない事が多い。
どちらが悪いとかいう話しではなく、お互いに歩み寄る必要があるということ。
誰も自分自身をけなされ、壊されかけるのは嬉しくないだろう。
だが、その自分をもっと昇華していくための助言は聞き入れる必要もあるだろう。
相手の価値観や思想などにまず興味を示すべきである。
何故、そのような価値観を持っているのか、何故、そのような思想を持っているのか。
それはその相手が生きてきた数十年来の歴史がある。
相手を批判や否定する前に、そういった背景を知るべきではないか。
『人は分かりあえるはずなのに、分かりあおうとしていない』。
好きになれという話しでもない。
ただ、そういった価値観で、思想で生きている人が居るということを認めるだけ。
関わらなくてもいい。
正直、私自身も自ら率先して関わりたいとも思わない。
合わないことは、合わないから。
どうしても関わらなければいけない状況であれば、合わせるということをした方がいい。
時間があるなら、何故そうなったのかを互いに話し合えばいい。
排他的にならず、批判、否定をする前に歩み寄り、それでもダメなら距離を置けばいい。
愛を持って接することで変わることもあるのだから。