在ることについて

アタマの中にある事柄を吐き出すために書き留めるためのブログ

対等

以前から、そうは思っていたのだが、殊更この地に来て思うようになったこと。

 

全ては対等。

 

じいちゃん、ばあちゃんと話していて、敬語で話すと伝わりにくいことから、だいたいため口になる。

とはいえ、じいちゃん、ばあちゃん全員ではないが。

 

自分より何年も、何十年も多く生きていることに対する尊敬や敬意はあるが、それを言葉で示すことはなく、またそういう人とどうやって付き合うかを考えた時に、対等であるほうが付き合いやすい。

 

職員に対しても同じである。

この場合は、むしろこちらの方が職員より偉そうにすることが多い。

何故なら、立場をわきまえて話さないから。

偉そうにしている人に対してこそ、言葉を丁寧にして、敬意を払わないことが多い。

 

今の職業からいうと、雇われている形にはなっているが、雇われている感覚はない。

自分たちで出来ないから、私たちを導入したという意識が低い人に対して、何故こちらがわざわざ下手にでなければいけないのか。という気持ちがあるから。

 

偉そうにしたいなら、自分たちでやればいい。

そう思う。

自分たちで出来ないのに、やることに対しての文句だけは自分がやっているように言う人たちが多い。

言うは易し、行うは難し。

 

と、話が逸れたが、命(魂)に軽いも重いもない。

もっというと長いも短いもない。経験や体験の差があるが、それは個人によって違う。

 

相手を敬うことは必要だが、相手を蔑む必要はない。