在ることについて

アタマの中にある事柄を吐き出すために書き留めるためのブログ

変化、大きく変わるということ

職場が異動するに当たって、今住んでいるところから引越すことにした。

今住んでいるところの方が職場に近いのだが、階下の人から文句を何度か言われたこともあり、その言いようが恐ろしく気を使って住むには問題ありと感じていた。
また立地も良くないなど、契約更新の際に引越しを考えていたが、この機会に前倒しして引越すことにした。

職場の異動に伴う変化にまだ慣れていない内に、住環境も変えるということが、どれほど負担なのかが引越しの荷造りをしていく上で感じた。

今まで意識しなかったことを意識すること、新しい場所(住まい)に対する不安など負担が、心身に降りかかってくる。
それがどのような形で現れるかは、人それぞれだが、私の場合はイライラしてしまう。
環境に左右されていることが分かっているものの、どうしようもない自分がいる。

ただ単に荷物を詰め、引越し業者に運んでもらい、荷物を出す。
たったそれだけのことなのだが、心身は頭より敏感であったようだ。

引越しという機会は、整理する機会になる。
断捨離だ。物を捨てていくと、その分部屋が広くなるだけではなく、気持ちも軽くなる。
これがいわゆる断捨離の効果の一つなのだが、新しくできた空間に、空気が通り、清々しくなる。
それでもまだたくさんの荷物があるので、自分の生活を振り返ってみた。

一年ほど前に、今のところへ移動してきた。
そして、今また移動している。
自分の生活や活動も変わってきた。
ほぼ落ち着いていないため、仕方ないことなのだろう。
そう思うと、今回の引越しは収束に向かっている。

一年前までの生活から、こちらに来てやりたいことの発見、やりたいことをやり易くするために必要なこと、ものの整理整頓が今回の引越しに当たる。

大変とは『大きく変わることなんだよ』と昔言っていたが、大きく変わっていっている。
大きく変わっていっていないかもしれないけど、ならば大きく変えていくだけ。

言葉も、行動も、思いも、すべて通じている。
これからの出来事に繋がっている。

可能性というのは常に0ではないが、その可能性の確立をあげていくためには、今行動することだけ。

今では有名人になった塾講師の言葉は流行りでも何でもなく、本質である。

誰も自分の人生を代わりに歩んでくれない。
今できることを、先々にして変わるわけはない。

ストレスに感じることも、喉元過ぎれば何とやらと同じで、流れに乗るまでのこと。

今のすべては、これからのすべてのために。