在ることについて

アタマの中にある事柄を吐き出すために書き留めるためのブログ

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過去に縛られるのか、未来を手繰り寄せるのか。

 

過去を参照していては、過去の延長線上の未来しか訪れない。

過去の活動がどうということではなく、今まで認識してきたこと、今まで培ってきた考え方、反応、選択する基準など…

 

未だ来ていないことに対して、過去の延長線上ではしたいことも叶わないだろう。

 

何かしらの更新を加えないと、変わることはない。

新しい何かとは何だろうか?

それは描いた未来と自分を紐付けた時に現れる。

人なのか、出来事なのか、それはわからない。

紐付けた未来によるから。

 

それは今までの自分にないことなので、断りたくなることや避けくなること、そういう人なのかも知れないが、それらに対して過去から参照して決めると、何も変わらないのだ。

 

変化を嫌う生物だが、人だけが後天的適応力を持っており、環境に応じることができるので、迷わず勇気を持って飛び込む(飛び立つ、始めるなど)ことだ。

 

その判断ができるのか、できないのかと言うことも問題になる。

 

ここ最近、聞いてびっくりすることがあったので書き留めておこう。

咳をしていた人が居たので、『風邪ですか?』と尋ねたところ、『ずっと体調がよくないんです』と答え、『偏食が酷くて』とも付け加えてきた。

何が問題なのかというと、偏食が要因の一つとして導き出しているのに、偏食を克服しようとは思わない。

また別の人と話していた時に、『自分は臆病だから虚勢を張っているため、異性が寄り付きにくい』ということを聞いた。

異性に対して声をかけるなど自分からできないのに、寄り付きにくい雰囲気を作り出しておき、恋人ができないと嘆いている。

 

どちらの話しにも共通するのは、今の現状を把握しており、要因となることも明確になっているものの、その要因を克服、改善するつもりは全くないということ。

 

話しにならない。

むしろ、話したくない、関わりたくないと思う。

 

こういう人に助言をしたとしても変えることもしなければ、話しを聞くことすらしない。

 

仮に変化に目覚めたとして、その変化が無意識にできる、身に付くまでにかなりの時間が掛かる。

そういう考えをしてきた年月分は最低でもかかると覚悟しておいたほうがよい。

 

今、自分に置かれている状況は、今までの自分が作り上げてきたことだ。

その自分に今すぐに変化を加え、変化し続けるまで意識し続けること。

変化した後の自分を想像すれば、今までの自分の延長線上にある自分ではなく、変化した後の自分軸に引き寄せられる。

 

その具体的な方法は、意識するということ。

 

意識とはいわば、車でいうハンドルの部分。

右に曲がろうと思えば、ハンドルを右に切る。

右に曲がろうと思うということが意識している状態になる。

車は運転手がいるから走れるが、人はどうだろうか?

運転手は人の中でいうと意識の部分。

もちろん、無意識という部分もある。

無意識は意識より強い力を持っているが、意識することで無意識よりも強い力を発揮できる。

そして、意識し続けた結果、意識しなくてもできるようになるのが無意識ということ。

この意識という機能は、優秀であると同時に弱い部分もある。

影響されやすいということだ。

何に影響されやすいかというと、自分が放った言葉や聞く言葉、それと視界に入ってくる情報。

なので、しっかりと意識してやっていくことが重要になる。

 

意識するということはかなりのエネルギーを使うことになる。

効率よくエネルギーを供給してやることも大切になってくる。

効率よくだけでなく、エネルギーの質を高めてやることも大切になる。

 

では、質を高めて、効率よく供給するにはどうしたらいいのか?

 

それは健康であることが大前提になってくる。

意識するということは、脳を使うということ。

脳を使うということは、脳に必要な栄養(エネルギー)を送ってやること。

栄養はどこから得られるのか?

その栄養を運ぶにはどのような手段があるのか?

 

そうやって自分自身のことを考えていくと、一つ一つの行動などが変わってくる。

食生活を改善するだけで、思考が変わることがあるのだが、それは体と脳は密接な関係にあるから。

 

昔の人は生まれて間もない子どもやまだ小さな子どもに『甘いもの』を与えず、辛いものや苦いものを与えると聞いたことがある。

それは、小さい時に甘いものを与えてしまうと、その子が大きくなった時に甘い考えになってしまうからと聞いた。

強ち間違いではない。

特に砂糖というものは、合法の麻薬といわれるぐらい危険なものである。

 

そういったことを調べたり、聞いたりして考えればわかってくる。

それも意識の問題である。