所属しないという選択
人は社会の中で生きている生き物で、社会の中でしか生きれない生き物だと言い切ることもできる。
社会の中で生きていくための一つの方法として、仕事をして生きていくという方法がある。
(この辺りのことを話すと話しが逸れるので省く)
この仕事をして生きていく上で、会社に所属する、自分で仕事をするなどの選択肢があるが、自分で仕事をするという選択肢は、会社に所属するという事と重さが違う。
簡単にいうと自分で狩りをして、自分で畑を耕し、世話をして、何もかも自分でやっていくことになる。
狩りをするにしても、そこに獲物が居るのか、獲物を獲る技術、獲った物を裁く技術、何かとやることがある。
社会は現物支給ではないので、何かをお金という外貨に変える必要がある。
会社はそれらを分担してやっている。
だから、自分が担当している仕事以外のことは考えなくてもよい。
集団でやると大きな獲物を獲れる。
獲れた獲物を分配することができる。
また分配も獲物を獲った人たちだけでなく、他の人たちにも分けることができる。
その分ける時に、自分が必要とするものと交換することが可能だ。
一人だと獲れる獲物は限られている。
もちろん、大きな獲物を獲ることも可能だが、それなりの準備や技術、知識、道具などが必要になってくる。
もし一人で生きていくのであれば、時間もお金も使い方が変わってくる。
有限なものが多いので、しっかりと獲物を見てやっていかないと、獲物を獲り逃してしまう時もある。
所属から独立するとき、覚悟がいる。
一人でやっていく覚悟。
だが『また戻ればいいや』。それもいいが、そういう時間があればの話しである。
独立の仕方は、人によって様々だろうが、どれだけやるのかで違ってくる。
そこで、今までの話しが役立つ。
自分に与えられたすべてのことを、獲物を獲ることだけに向ける。
ただ、獲物を獲ること以外ことも訪れる。
だが、そこに時間をかけて獲物が獲れるのか。
そうならば、獲ることに直結しなくても有意義だろうが、獲ることとかけ離れ過ぎていることに関しては、関わること自体が無駄になってくる。
独立を目指すと、やることがたくさん出てくる。
頭の使い方、時間の使い方、お金の使い方、友だちとの付き合い方、色んなことが変わってくる。
変わっていく先をしっかり見て、変わった自分を今からやっていく。
それが出来ないのであれば、先はない。